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BLOG 長靴を履いた坊主         ~ 那谷寺公益事業清水基金・SMRI ~

木崎と申します。内容は那谷寺清水基金の国際NGO活動や、SMRIの福島キッズキャンプの事など。

ラオス その4

実は、ラオスは社会主義国。
ベトナム戦争時は米ソによって内戦状態に追い込まれました。

当時ベトナムに落ちた爆弾より、ラオスに落ちた爆弾のほうが多かったのです。

それは何より北ベトナムの補給路であったホーチミンルートが通っていたからです。
このホーチミンルートをアメリカは爆撃し続けました。
今でも不発弾や地雷の被害にあう人が後を絶ちません。

当時ベトナム戦争は泥沼化し、共産主義化していたラオスをアメリカが
直接叩くわけには行かなかった。
これ以上のアメリカの若者を死に追いやることは、世論も許さなかった。
そこで、アメリカは民族間で内戦を起こさせたのです。
山に住むモン族の村を攻撃し、アメリカ軍の先兵隊になるか
爆弾を落とされるかを迫ったのです。

当然モン族はアメリカ軍の手先となって戦いました。

しかし、ベトナム戦争はアメリカの敗北に終わり、米軍は撤退しました。
そこに残されたのはモン族でした。

モン族はラオス国内で虐殺にあいました。

多くは難民化しタイ→アメリカへ逃れていきました。
そして一部はゲリラ化し山に篭りました。

つい3~4年前まで反政府ゲリラ掃討作戦は続いていたのです。

今、悲しい歴史を背負いながらも、首都ビエンチャンは急激な発展を遂げています。
しかし多くの都市がそうであるように、急激な都市化は貧富の差を生みます。
そして一部はスラム化し、犯罪率が高くなります。
その時必ず、罪のない子供たちが傷つきます。

経済発展をすることはいいことではありますが、すごくビエンチャンの将来が心配です。

この子達の笑顔が続くように、我々も関わっていきたいと思っています。


10月9日に安井さんを、小松の空とこども絵本館に招いて、講演会を開催します。
今回はその打ち合わせを兼ねて来ているのですが、

9日午前に講演会。
午後からラオスの遊びや絵本読み聞かせ。
10日~15日まで写真展の予定です。
来月の小松広報に出ると思います。
また、改めてご案内します。


またまた、つづく。
(次で終わりにします)

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