BLOG 長靴を履いた坊主

自生園常務理事の木崎が日々出会うこと・思うことを綴ったり、綴らなかったり・・・。

ドンパレープの子どもたち 4

そんなことがあって、オオンを無理やりまた学校に戻すわけにもいかない状況になりました。
奨学生第1号になるかと思っていたオオンは結局うまく行かなくなってしまいました。
彼女は深夜までの仕事で図書館にすら来る時間がなくなってしまっていたのですが、
結局最近カラオケ屋もやめてしまいました。
まあ普通のカラオケ屋とはいっても、やっぱり夜の仕事だし、それはそれでよかったのですが、
次の仕事がはじめられないままでいます。

奨学金制度を立ち上げようと、意気盛んに乗り込んだのですが、
学費を援助するだけでは結局機能しないことがよくわかりました。
学費が払えない子供は結局、普段の生活のお金もないのです。
しかし、生活費も含めたスポンサーシップ制度を作っても、お金を親に渡してしまったり、
子供に渡してしまったりして、はたして本来の目的に使われるかも疑問です。
勉強する意味を理解できないのに、本当に勉強したいという意思を持ってくれるかも難しい。

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学校に行くためのインセンティブを親にも子供にも与えるために、
給食プロジェクトのようなことも、できないか話し合いました。
学校に行ってる子供たちは、昼食は昼休みに家に帰って食べます。
その時に貧しい子供たちは昼食にありつけないので、
その子たちのための小さな「こども食堂」みたいのを作って、
奨学生に栄養価の高い食事を提供するというものです。

しかし、この地域全体の子供たちを対象にすると大変な数になりますし、
同じドンパレープにいる奨学生と学校に行っていない子供たちを区別することの難しさもあります。
安井さんは今の活動に精一杯で、じゃあ、いったい誰がどのように「こども食堂」をやるのか。
ラオスの法律や許可の問題など、いろいろハードルが多すぎます。すぐにはできそうもありません。

目の前の困難に打ち勝ち、将来の目標を持ちながら勉強する。
ということは、この環境の中で生まれた子供たちにとって、本当に難しいと感じました。
遠い国から来た日本人が少しの間、手を差し伸べるだけではなんともできない
ということを思い知らされました。


彼女たちは子供ながらに「将来に夢を描く」ことが難しいということをわかってしまっています。
夢を持って、それに向かって頑張れる人になってほしいと、僕たちは思うけれど、
彼女たちを取り巻く環境は、そんなことを許さないのです。

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ドンパレープをの貧しい家を訪れてみると、一見、飲んで歌って騒いで楽しそうです。
それはみんな、「その日暮らしの考えなし」だからです。
先のことなんか考えてもしょうがないわけです。
それで簡単に麻薬にも手を出してしまう。
自給自足の農村から物事を知らないまま出てきても、都会ではこうなってしまう。
もともと悪い人たちではなく素朴で優しい人たちです。
大人たちでさえ、こんななのに、子どもたちがその状況を乗り越えるなんて大変なことです。



けれど「将来の夢」をこの図書館で見つける子もいるのではないでしょうか。
劇団を作って発表に招かれたこともあります。
見たこともない外国人(僕も含め)といろんな体験をしたり。
この環境の中では決して味わうことのできないことをこの図書館は提供しています。
ここから、子どもたちは外の世界とつながっているのです。

僕は将来ラオスの子供たちが日本で(自生園で)
介護士になる道を作ってあげられないかとも思っています。
そのためにはやはり「教育」です。
しかし、基礎的な教育さえ続けていけない現実がここにある。

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安井さんは、オオンに
「ノリも心配していて、何でもすると言っているよ。
私も、オオンが勉強したいという気さえあれば、いくらでも協力したいんだよ。
あんたは、自分の子とか妹とかとかとおんなじだからね・・・・」
と言ったのですが、

オオンは
「いいの。私は今、働いてお金ためて、あとで勉強する。
来年の8月に、学校から移動許可を得て、他の学校に入り直して勉強する」
と言いました。

「本当にそうするの?」「うん」
と言うので、「なら、あきらめちゃだけだよ。お金足りなかったら、いつでも応援するからね」
と安井さんはオオンに伝えました。

たぶん、オオンはもう学校には戻らないでしょう。


ここでは、よほど高学歴まで勉強するか、金持ちの子でもない限りは、
たとえ学校へ行っても、つける仕事などは限られます。
ただ「学校に行かせる」だけでなく、ドロップアウトした子も、
将来に夢を見られるようなことを考えていけたらと思います。
職業訓練校に通って手に職をつけることも、その一つでしょう。


ただ、少なくともこのドンパレープ図書館は、子ども時代に、
ほんとうに子供らしく過ごせる場所なんだなぁと、あらためて感じました。
安井さんのしていることは、本当に意義のあることです。


安井さんの図書館に来たユイ、テン、ノイらに
「あんたたち、また勉強したいの?」
と聞くと、勉強したい。と言ったそうです。
安井さんは
「きっとね、今は難しいかもしれないけど、
9月の新学期が始まる時にまたやり直せるのなら、その時、お金の問題は、
ノリも手伝うって言っているから、あきらめないで。
とにかく勉強したいっていう気持ちがあるんだったら、
今度学校に戻れるようにがんばろうよ」
と言うと、皆ウンと言っていたそうです。

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現時点では、奨学金プロジェクトも、給食プロジェクトも難しい状況です。
しかし、子供の時間をあっという間に奪われ、めちゃくちゃな大人の世界でもがいている
目の前の子どもたちを、何にもせずに「難しい」だけで済ませたくない、、、とも思っています。

可能性をゼロにはしたくない。
選択肢はいつでもあるんだということを伝えてあげたい。
少なくとも彼女たちに希望を持たせてあげられるように、知恵を絞りたいと思います。


あれこれ考えを巡らせて、眠れない夜をビエンチャンで過ごしました

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ドンパレープの子どもたち 3

何度もドンパレープに足を運ぶうち、
子供達とも友達になりました。
その中でも特に仲良しになったオオン。

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彼女の家に連れて行ってもらいました。
顔を見た途端「ノリーー!!!」と叫んで、飛び付いてきました。

彼女の事を、安井さんからのお便りも引用拝借しながら紹介しようと思います。

前回訪れた時、オオンは中学校に進級できないでいました。
それは、やはり家庭にお金が無いからでした。
中学校に進級するための登録料、教科書レンタル代、靴、カバン、制服代
合わせて約5000円程度のお金をオオンの家は工面できなかったのです。
オオンの家は、おばあさんと孫3人の家。おばあさんが一人で皆を養っているのですが、
おばあさんの月給は6000円ほど。
そのお金はオオンの叔父の刑務所へのさしいれなどをしなくてはならず、
孫の養育費には足りません。
最近まで約2か月間電気も止められていました。

オオンのお父さんとお母さんは、少し離れたところに別居していて、お父さんは、
10年間も麻薬で刑務所に入っていて、オオンはあまり同居した覚えがないそうです。
その時から、ずっとおばあさんに養われているのですが、おばあさんは、
刑務所から出てきたお父さんが、同居するのを許さなかったそうです。
それでオオンの両親はおばあさんの家を出ましたが、子どもたちは、
ずっとおばあさんが育ててきたので、おばあさんの元に残りました。
お父さんは今、バイクタクシーしているそうですが、あまり金にはならないようで、
両親は全く子どもを養っていないようです。

今日も僕たちが訪れると、村長さんが税金を集めに来ていました。
とは言っても、「取り立て」みたいのではなくて、村長にビールを振る舞って
宴会状態になっていたのですが。。。
そこに僕たちも加わりました。

オオンも薪のかまどで卵焼きを作ってくれました。
おばあさんとオオンとの会話を安井さんが拾うと、家に食料はこれしかなかったようです。

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ビールはおばあさんが店でツケで買ってきて、半分は僕が買いました。
それでオオンの家は税金を払って本当に一文無しになってしまいました。
(まだ滞納が19万キップ(1900円)あるそうですが。。。)

今日の晩御飯はどうするのだろうと、心配しているのですが、
当の本人たちは陽気に盛り上がっています。。。

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ある意味すごいけど、、、考えなしのその日暮らしだからこうなるともいえるし、
逆にこんな風だから逆境でも生きていける。。ともいえるなぁ。

そこに同じく学校を辞めたノイとトイ、ユイも通りがかって加わりました。

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ドンパレープには、このような子供たちがたくさんいます。


それで、話を戻しますが。
前回来た時に中学校に上がれずにいたオオンに、僕と安井さんは進級費用を出してあげました。
学年はひとつ下になってしまうけれど、また学校に行けると喜んでいました。
このような子供たちのために、奨学金の制度を作ろうということにもなっていました。
たった数千円の事なら多くの子供達を再び学校に行かせてあげられる。と思ったのです。

しかし、その後数か月してオオンがやはり学校をやめてしまったとの便りを、安井さんから受け取りました。
オオンは、毎日、おばあさんから5000キップ(50円)ほど渡されて、
朝ご飯も、昼ごはんもそこから食べている・・・ということでした。
今普通の店では、カオピアックという一番安い麺料理でも7000キップするので、全然足りません。
オオンの家には叔父家族も居候していて、でも食事は別々。
お金も助け合わない。家族関係も機能していないみたいです。
オオンは毎日一番安いインスタント麺を買ってきて、具の無いそれを食べています。

しばらくして、安井さんの家の近くのカラオケ屋で仕事をはじめました。
学校が終わって夕方5時くらいから夜中まで。
いかがわしい店ではないのですが、とにかく夜遅くなるので学校を続けられるか安井さんは心配していました。
安井さんは「学校は頑張るんだよ」と言うと、
「大丈夫!」と言っていたそうですが、案の定続かなくなったようです。
オオンの月給は、4000円ほど。

それからしばらくして、朝、店の裏で仕事しているのを見て、
「あんた、学校辞めたの?」と安井さんが聞くと、何も言わずうなずいたそうです。
目の下にはクマができていて、とても疲れた顔をしていました。

安井さんは将来の事を諭しましたが
「それでも、同じよ。もう学校から名前抜けてしまったし、
先生が意地悪だから、あの中学には行きたくないの。
今、私はお金が欲しいの。
おばあさんに迷惑かけたくないし、妹も来年中学だし、弟もいるし・・・・
それにバイクが欲しいしね。
私は、読み書きできればいいのよ。
将来なんて、考えないの。将来に夢なんてないのよ。
お父さんとお母さんを少し養ってあげられれば、それでいいの」
と言ったりしました。

オオンは、とにかく、お金がない・・・という状況から抜け出したかったのです。

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ここではオオンが特別なのではありません。

テンは、小5で辞めて2年目ですが、麺屋の皿洗いを朝6時からしています。
ノイも最近、中2で辞め、同じく皿洗いをはじめました。
プーの家も最近追い出されました。数キロ奥まったところに引っ越したそうです。
先日、プーのお兄さんが、麻薬所持で警察に捕まりました。
その現場を安井さんが家の窓から見ていたそうです。
小さな痩せこけたみすぼらしいお兄さんだったと。。。


(つづく)
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ドンパレープの子どもたち 2

今日は図書館の開館日。

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しかし、超暑いのでプール遊びです!
まぁ、プールと言ってもビニールプールですが。。。何か?

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それにしても、ここの子供たちは人懐っこいなぁ。

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子どもたち自身がドロンコなので、遊んだあとはプールは泥水に。。。(笑)

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お昼は基本的には家で食べてもらうのですが、
ご飯にありつけない何人かと昼食を食べます。
子供たちが作ってくれました。

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とうがらし入れすぎ。。。けど、おいしかったよ!

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午後からは缶蹴りみたいな遊び。
大きな子も小さな子も一緒に、真剣に遊んでいます。

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ゲームのない子供たちの世界は、日本もこんなだったのになぁ。。

というわけで、たのしい一日でした。

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ドンパレープの子どもたち 1

ラオスのビエンチャンに来ています!

6年前から我々清水基金はラオス山の文庫基金の安井さんを通じて、
ラオス山岳地帯のモン族の支援を行ってきました。
数年前に安井さんがビエンチャンンに住むようになってからは、
ビエンチャンの貧しい地域の子供達への絵本館活動も行うようになりました。

今回はそのビエンチャンのドンパレープに来ています。

ドンパレープの子供たちの現状は以前のブログ参照
http://jishoen.blog24.fc2.com/blog-entry-43.html


ドンパレープの貧しい地域は、バラック小屋ばかりの、いわばスラムのような場所。

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農村から出てきたはいいけれど、物事を全く知らず、
ビエンチャンの急速な発展に取り残され、家族は崩壊し麻薬に手を染め、
日々の暮らしも立ち行かない人ばかりです。


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ユイとテンの家族も、借りていた土地のお金を払えず、追い出されてしまったばかり。。。
親も麻薬に手を染めてしまって。。。


今回は、この場所に暮らす子供たちのことについて書きます。


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演舞場スタート!

「一般社団法人粟津演舞場」発足しました!
必ず重要な文化財となります。
日本でも5本の指に入る建物です。

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初代理事長を拝命いたしました。。。

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昭和8年の演舞場と、昭和62年のマイティボーイ(私の愛車です)の昭和コラボです!
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